2014年 7月号 記事 1面


  •  7月1日安倍晋三内閣総理大臣は集団的自衛権行使容認を閣議決定した。この事には賛否両論の声があるが、その多くは「日本を戦争する国にするのか?!」「集団的自衛権は国連憲章世界各国に認められた権利だ」と極論が飛び交っている。 しかしこの解釈閣議決定を新聞、テレビ等のメディアでは、根本的な議論がなされていない。時間や紙面の限りがあるからなのだろうか?当サイトではこの集団的自衛権を根本から考えてみたいと思う。

     まず国連憲章を語る前に、確認しておくべきことがある。それは第二次世界大戦以前には「世界各国に戦争する権利」があった事だ。しかしその苦い経験から、第二次世界大戦後、国際連合(以下国連)が設立され、その憲法とも言うべき、国連憲章に実質的に戦争を禁止する条項が盛り込まれた。

    2014年7月1日安倍総理記者会見

      国連憲章二条四項には次のようにある。
    「全ての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国連の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」
      簡単に言うと国連が認めなければ、戦争や武力の行使をしてはいけないと言う事。そして、その禁を犯した国に対しては、国連憲章四十三条で対処法を次のように定めている。
    「1国際の平和及び安全の維持に貢献するため、全ての国連加盟国は、安全保障理事会の要請に基づき、かつ一又は二以上の特別協定に従って、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助及び便益を安全保障理事会に利用させることを約束する。この便益には通貨の権利が含まれる。
      2前記の協定は、兵力の数及び種類、その出動準備程度及び一般的配置並びに提供されるべき便益及び援助の性質を規定する。
      3前記の協定は、安全保障理事会の発議によって、なるべく速やかに交渉する。この協定は、安全保障理事会と加盟国との間、又は安全保障理事会と加盟各国との間に締結されかつ、署名国によって各自の手続きに従って批准されなければならない。」
      また五十一条に「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。 」とある。
     

     これをもってして「集団的自衛権は国連憲章世界各国に認められた権利だ」と言う向きもあるが、四十三条3項の最後に「署名国によって各自の手続きに従って批准されなければならない。」とある事に注目して欲しい。これらの考え方から「国連憲章で認められた権利義務でも、各国の憲法の範囲内で行う」というのが、国際的な常識となっている。例えば、国連本部のあるアメリカは、国連予算分担率22%で世界一の分担を担っているが「アメリカ議会が認めない」と言う理由で、負担が滞る騒ぎになった事がある。これはアメリカの国家予算は議会の承認が必要と言うアメリカの憲法下であるからだ。 
      したがって、まず「集団的自衛権は国連憲章五十一条で世界各国に認められた権利である、だから日本は(これだけを根拠に)集団的自衛権を行使できるんだ」という、主張は間違っていると言える。
      問題は今回の閣議決定は日本国憲法九条に反する物か?また憲法九条そのものの解釈を変更した、閣議決定なのか?である。

     では日本国憲法九条とはどの様なものか、今一度考えてみる。

    日本国憲法九条
    1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

    となっている。一項で国権の発動たる戦争を放棄し、二項で、一項の目的を達する為の戦力を持たないのだ。
      逆説的に言えば、「国権の発動たる戦争という、目的を達する為でない戦力は、持って良く、交戦権を認める」と言う事になる。最高裁判所の判決でも「国の存立を維持し、国民の権利を守る為に、必要な自衛」を認めた判例がある。
      もう一度日本国憲法九条を読んで欲しい。この条文に集団的自衛権を認めるか認めないか等という、文言は入っていない。内閣法制局長官の昭和47年に出した、「日本は個別的自衛権はあるが集団的自衛権は認められない」と言う、発言に基づいたものを、今も引きついでいるのである。
      しかし、集団的自衛権と言う言葉にこだわり過ぎて、事の本質を見誤ってはいないだろうか?

    写真: 1990年1月 湾岸戦争

      例えば湾岸戦争のようにクエートにイラクが侵略した時に、アメリカやフランス等多くの国が、「集団的自衛権」でイラクと戦ったが、アメリカやフランスは自国の自衛を集団で行った訳ではない。この「集団的自衛権」を正確に言うなら「クエートのための集団武力行使」である。そして今回の安部内閣の「集団的自衛権」は「同盟国協力自衛権」であって、前者は自国と深い関係にない国の為に、集団を組んで戦争をする事であり、後者は自国の自衛の為に同盟国と協力して国を守るというものだ。
      「集団的自衛権を認めたら、日本は地球の裏側にまで行って、戦争する国になる」と言う声も多いが、「同盟国協力自衛権」と言う線引きが守られれば、日本が他国のために戦争する事は出来ない。そしてそれは「憲法九条の解釈変更」ではなく、安倍内閣の政策変更に過ぎない。
      では今回の閣議決定の内容はその点をどの様に、示しているのか。安倍内閣は武力行使の新3要件を「政策変更」した。この新3要件が、政策変更として認められるか?憲法九条の解釈変更なのか?問題はこの一点だと、当サイト編集は考える。

初めての方へ 記事をご覧になる前に是非一度、ご一読下さい。

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