2014年 12月号 記事 3面

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    今回の解散総選挙では予想通り、与党の圧勝と言って良いだろう。事前の予想は自民党だけで安定多数、あるいは三分の二議席を獲得するのではと言われたが、それには及ばないものの、与党で三分の二の 326 議席を獲得できれば圧勝と言えるだろう。

     安倍総理は選挙結果が出た直後「憲法改正はわが党にとっては悲願であり、自民党立党以来の目標である。しかし衆参両院で三分の二を形成しなければならず、大変高いハードルであり、まだそこには至っていないので、まずはそれに向かって努力していく」と明言した。一時はあきらめかけた様にも思えた、安倍総理による憲法改正であるが、安倍総理の憲法改正への意欲は、一貫して揺らぎないものである事をはっきりと示した。

    一方民主党は前回の総選挙より 11 議席増やしたとはいえ、 72 議席に留まった。第二次安倍政権前には 308 議席あった事を考えると、もはやこのままでは、日本の二大政党制の一角を担える政党ではなくなってしまった。

    2009 年の民主圧勝の総選挙では民主党の、比例での得票数は 2,980 万票あったのだが、 2012 年では 960 万票、今回は 980 万票と、なんと 2,000 万票も失っている。得票率が各選挙で違うとはいえ、民主党の支持率は約三分の一である。これを三分の一になってしまったと見るか、まだ三分の一も支持されているのかと、どちらに捉えるか?しかし民主党の中にも優秀な人材は多く存在する。

    しかしながら今回の選挙で、民主党代表の海江田万里氏が落選した。これだけの規模の党の党首が落選した事に驚いた国民もいただろうが、何より民主党にとっては衝撃的な出来事だ。選挙後の民主党は波乱が予想され、場合によっては野党再編への動きが活発になると思われる。

    また維新の党は、維新の会であった前回当時の勢いは感じられず、一議席減らして 41 議席となった。橋下共同代表(大阪市長)は大阪知事時代から、その辣腕を発揮し改革を断行して結果を出し、またその後の大阪市長選でも誹謗中傷を激しく受けながらも、府民、市民にはその能力を評価され当選してきた。斬新なアイデアや、今までの慣行にとらわれず逆境もものともせずの評価されている。その期待感は今回の選挙では薄れてしまった感がある。大阪市長では以前ほどの発信力を出せないのかもしれない。大阪都構想にしても考えや手法は理解できても、市長で国政政党の共同代表という立場からの発言は理解しづらい。

    江田共同代表も元官僚で、橋本元総理の下で優秀な能力を見せ経験豊富たが、みんなの党の議員の離脱や、その後のみんなの党の解党で、政治に詳しくない人には江田共同代表がどの党でどんな活動しているのか知らない人も多かったようだ。しかし理念の論旨は明快な人だけに、おそらく野党再編になった時にはキーマンになるかもしれない。

    また、野党再編となった時には、一議席減らしたとはいえ 41 議席は大きな意味を持つ。民主党に一部と連携して新党を結成し、基本政策が全員一枚岩となって主張できれば、政権を担える第二党と国民は見て、次回の参議院選挙では自民公明の与党にとっては脅威になるかもしれない。

    共産党は今回大躍進といっても良いだろう。改選前8議席だったのが 13 議席増の 21 議席。しかも共産党の小選挙区での議席獲得は 18 年ぶり。 2 桁の議席を獲得したのも 2,000 年以来の 14 年ぶりとなる。自民党が沖縄の基地問題で小選挙区惨敗の反動、という余波に乗じた感も在るが、それにしても 21 議席とは、 2.5 倍以上の議席数増である。

    何より比例だけでの議席しかない党に対して疑問視される中、たとえ議席でも小選挙区での1議席獲得は大変意味がある。共産主義と言う信念や、与党に対する姿勢をどんなに批判されても変えない。そのようなところに信用と支持を得られたのではないだろうか。また、他の野党がまとまりきれなかった事や、十分ではない選挙協力が野合的に見られた為反自民票が、共産党支持にまわったという見方もある。いずれにせよ、共産党の支持者はこの党のブレない姿勢を評価していると思われる。

    次世代の党はなんと 20 議席から 2 議席と十分の一になってしまった。経験豊富で見識のあるな議員が多いが、世代交代の波には勝てなかったのだろうか?また石原元都知事は比例最下位に登録「玉砕覚悟」と選挙に臨んだが落選し、引退する事になった。賛否両論あるとは思うが、都知事時代の功績や国会議員としての活躍も他の議員とは、一線を画した強気の発言で、その功績は大きいだけに残念だ。

    また強気で豪腕といえば、生活の党の小沢一郎議員だろう。自民党最年少で幹事長になり、「将来の総理大臣間違いなし」とまでいわれ、それでいて自民党を飛び出し 1993 年には 55 年続いた自民党政権を倒し、細川連理内閣の発足に大きく尽力した。また自由党を立ち上げ、現在の民主党と合流後、またしても自民党を倒し、民主党政権誕生に大きく貢献した。この人がいなかったら、日本の歴史は今とは全く違ったものになっていただろう。もちろん賛否両論ある。しかし豪腕といわれる人や、結果的にでも歴史を左右する人間の評価は賛否両論あるものである。

初めての方へ 記事をご覧になる前に是非一度、ご一読下さい。

2014年12月
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