2015年 1月号 トップアングル
  •  アメリカは事実上戦争に負けたことは無い。ベトナム戦争は「アメリカの負け」と言われているが、ベトナムと言う土地での戦争を諦めてだけで、アメリカ本国を占領されるような”負け“ではない。

      しかし確実に勝った戦争も、第二次世界大戦の日本に勝ったのが最後であり、もう70年も前の話である。その善し悪しは別にして、その頃の戦争は鉄砲、砲撃、戦艦、プロペラ戦闘機、戦車が最先端で、目の前の敵に対して攻撃をするのが戦争であった。昭和20年に世界で初めて広島に使われた兵器「核爆弾」は、それまでの兵器とは格段の威力の差がありそれまでの限定的な殺人ではなく、「爆心地一掃」の兵器であり、その後も被爆被害と言う兵器の時間軸をも変えてしまう物であった。

    ゼロ戦  広島 被爆地


      あまりの威力に、日本で広島と長崎に使われてから、その後核爆弾は世界で一度も使われていない。一方、戦争は単なる物理的攻撃や、国家対国家という略図ではない側面が出てきた。9.11のアルカイダのビンラディンが行ったとされる、同時多発自爆テロ。第五の軍事と言われるサイバー攻撃。70年前とは全く様相を別にしている。
      今はどんな兵器も、一兵士もコンピューターの影響を免れない。今、気軽にマイカーに取り付けている、カーナビは元々は自国の兵士がどこにいるかを確認するものであった。70年前の戦時には敵に銃撃されて死亡するのは七割で味方の誤射(主に背後からの被弾)が三割と言われている。それほど同士討ちが多かった。その為味方を確実に識別する信号を発信して戦うようになった。特に戦闘機は「ステルス」と言われるレーダーに反応しない(映らない)戦闘機や爆撃機になり、夜間にステルス戦闘機で爆撃すれば、敵国は反撃できない。その一方確りと味方同士は識別していないと、大変な同士討ちを招く。
      攻撃命令、戦士間の連絡、戦闘機、戦艦や特にイージス艦など今やコンピューター無しでは、戦争は成り立たないまでになってしまっている。インターネットも元は軍事用に拠点が無くても(破壊されても)連絡が取れるように、開発された物が今は一般に提供された物である。
      またサイバーテロ、ハッキングによりアメリカの最先端の兵器情報を中国が手に入れ、アメリカの最新兵器と同等の兵器開発をしていると言われている。

     しかし、これは国家間の話でまだ制御の方法がありうる。ISILは世界の軍隊から見れば、兵力はたったの3万人で、装備もたかが知れている。しかしその知識や技術は欧米各国の高水準のものと変わりなく、その点が一番の怖いところである。
      そして国家ではない為に国際社会の目も気にしないし、国際ルールも全くの無視である。また人質ビジネスや、人身売買などでの資金調達など、目的の為には手段を選ばない。
      特に2020年までにかかげた国土(占領地域)目標が、危うくなった時どんな事をしてくるだろうか?核爆弾や生物兵器は絶対に彼らの手に乗せてはいけない。これは世界各国が協調して取り掛かる必要がある。それも今すぐに。
    日本も対岸の火事などと思っていると大変なことになりかねない。安倍総理と日本政府には今から先の事を考えて手を打ち、野党は政局の為にそれを利用してはならない。一歩間違えれば大惨事を日本にもたらしかねない。

    アメリカはイラク戦争を機にその後の世界の有り方を大きく変えてしまった。東西冷戦に勝利し、当時のソビエト以上の脅威を想像出来なかったのだろう。冷戦時代は核の脅威が一番の問題であり、事実、当時の米ソが全面戦争になり,格の応酬をし合ったら世界は、人類は滅んでいたかもしれない。

    弾道核ミサイル

    その脅威が無くなった時に、それ以上の「終わりなき戦い」戦争ではない、果てしなく続く戦闘は、当時は想像できなかったのかもしれない。
    ISILの問題は、アラブの春と呼ばれた国々の内戦と交わった時、今より一層の悲劇が有る気がしてならない。それは仮にISILを根絶しても、より進化したテロリスト集団を生み続ける、永遠の戦争と混乱である。またその為に国連の存在意義が問われるようになるかもしれない。そうなってしまったら、ドミノ倒しのように混乱と戦闘、また国家間の戦争にまで発展し、収集がつかなくなりその結果「世界有数の戦力」を持つ先進数カ国のみが、己を守りその他の世界の戦争と混乱を無視するようになるしかなくなる。
    先進各国は自分達を「文明社会」と呼び、辞書で調べると文明とは
    「人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。」などとある。つまり「豊かで科学が発展している事」としている。

    西郷隆盛

    しかし西郷隆盛は遺訓集の『南洲翁遺訓』(なんしゅうおういくん)の中で
    「文明とは道の普(あまね)く行はるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。」
    と言っている。
    つまり文明とは国の隅々まで(正しい)道が称賛される事であって、家屋や見掛けの良さ(今では電化製品などの科学力)を言うのではないと言う事だ。
    読者はどちらを“文明”と思うだろうか?
      例えば日本で、ほんの数人だけがフェラーリに乗り、自家用ジェット機を持ち、溢れんばかりの贅を尽くし、その他の民が食べる事にも困窮している国だったら・・・その国は「文明国家」だろうか?
      極論のように思われるかもしれないが、ISILの問題は、文明とは何か?を問われているように思えてならない。

初めての方へ 記事をご覧になる前に是非一度、ご一読下さい。

2015年1月
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