2015年 2月号 トップアングル


  •  日本人は国際問題や外国の事となると、稀に突然思考停止になる事がある。 2004 年にイラクで男女 3 名が人質になった時に「自己責任論」が大きく叫ばれた。

    危険な地域に行った人間が、どうなろうと「自己責任」なのは当たり前である。これは国外であろうが、国内であろうが同じである。また危険な地域に行かなくても、「雪で転んでけがしても」、「酔っ払って階段から落ちても」自己責任である。雪山にスキーに行き立ち入り禁止区域に入り(私有地なら不法侵入と言う犯罪の可能性も)「遭難しても」自己責任である。もっといえば、銀行強盗が銀行に立てこもり、警察に「取り押えられた時にけがしても」自己責任である。しかし、上記のどのケースでも日本政府、行政は救急車で搬送したり、雪山にレスキュー隊を派遣する。銀行強盗の犯罪者を病院に連れて行って治療させる。

    何故、外国で人質になった人だけに、突然「自己責任論」が起き、まるで放置すべきのような論調が起きるのだろうか?

    繰り返しになるが、湯川氏も後藤さんも「自己責任」である。その上で日本政府は救出の努力をすべきであり、事実、安倍総理大臣を初め、総理官邸、菅官房長官、外務省が不眠不休で救出に勤め、ヨルダンに外務副大臣を派遣するまでになったのだ。

     しかしながら一方で、身代金の 2 億ドル、約 2,400 億円と言うばかげた要求に対して、総理が発言したり、官房長官が会見したりするのは「人命の尊さ」から(だけ)ではない。

    国内の年間交通事故で 4,000 名以上、ピーク時には 1 万数千名が死亡している。またインフルエンザが原因で毎年一万人以上死亡している。また国内で「人質殺人事件」もある。単に殺人事件なら毎年数え切れない。

     その度に、総理が発言したり、官房長官が会見したり、関係省庁が不眠不休で動いたり、副大臣が派遣されたりする事はないし、物理的にも時間的にも不可能だ。

     今回、不幸にも殺害されたと見られる、お二人の為にこれだけの人員がさかれ、行政が必死に動いたのは、この問題が外交問題であり、国際問題であり、日本の動向を世界各国が注視しているからである。「自己責任」かどうか等、そもそも問題ではない。日本国政府が武装テロ集団に対してどの様に対処するか、世界各国の注視に対応しているのである。

     野党は安倍総理のイスラエル訪問や、遊説などを「二人の人命が危険にさらされると、

    わかって発言しているのか?」などと批判したり、後藤さんがISILに拘束された、去年の 12 月に総選挙を行ったのがまるで、悪行のように批判している。

     しかし二人の命のために総選挙を中止する事などありえるのか?日本国内の日本人の人命と、外国で自己責任でテロ集団に拘束された人命の尊さには違いがあるのか?

     特別な立場にある人間の特定の期間を除いて、日本人の人命の尊さは平等に尊いとするのが、日本国政府の責任であるはずだ。二人の命の為に日本国総理大臣が決めた解散総選挙をやめる事等ありえない。日本国内での人命は日々刻々と失われていっている。野党はどこで線引きをして、どういった案件からは、総理大臣が決定した国民による総選挙を、「キャンセル」しろと言うのか?

     野党と言え、国会議員が「人命の尊さ」を履き違えてか、「人命の尊さ」と言う、聞こえの良い言葉を使い行政を批判するのは、湯川・後藤両氏の不幸に便乗しているとしか思えない。そのような行為が結果的に日本国民を危険にさらす事になると考えない事が、今の日本の一番の危機ではないだろうか?

初めての方へ 記事をご覧になる前に是非一度、ご一読下さい。

2015年2月
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